タイトル-経営さぷりメント
起業家のためのゲーム理論(前編)競争の本質
 前号(7月号、vol.300)では、「囚人のジレンマ」と呼ばれるゲームで競争の本質を考えました。「競争(コンペティション)」とは、「各人が自分だけの利益や損害を考慮して取る行動や選択」であると言い換えることができます。前号の例では、あなたが経営する「海テクノ」とライバルの山田君が経営する「山ソフト」は、協力して共同受注を目指せばお互いにとって最も有益な結果を得られたはずなのに、自分だけの利益を追求して相手を出し抜くことを選択したために、お互いにとって最も不利な状況に追い込まれてしまうことを学びました。今回は、どのようにすれば、競争の状態からお互いにとって有益な状況である「連携(アライアンス)」に移行することができるのか、について考えてみましょう。

 その前に、前号の宿題の解説から始めます。

問 題 :

 商人が5人、探検家が5人(アダム、ベッキー、チャーリー、ドナルド、エミリー)います。探検家は冒険の末にそれぞれ同じように見える宝石をひとつずつ手に入れて、それを売ってもよいと思っています。商人は探検家から宝石をひとつ買ってお得意さんに売り、ひと儲けしたいと思っています。

 商人達が見るところでは、アダムの宝石が最も良質で他の探検家の宝石は似たり寄ったりです。宝石の値段はどれも大差ありませんし、交渉しても探検家が値段を変えることはありません。ただし、探検家は皆とてもプライドが高くて、それぞれ自分の宝石が一番いいと思っています。探検家の機嫌を損ねると取引にならないでしょう。

 商人と探検家はある街の広場にいて、探検家たちはばらばらに広場の一角に座っています。商人は、それぞれ探検家の1人に商談を持ちかけます。どの商人がどの探検家と会っているのかはひと目でわかりますが、会話の内容までは聞こえません。

 商人も探検家も個人単位で動きます。もし、あなたが商人の1人だったら、どの探検家のところに宝石を買いに行きますか?
 また、それはなぜですか?

 この問題を考えるに当たって、重要な点があります。

1. 探検家はとてもプライドが高いのだから、どうすれば探検家が売りたくなくなるのか(・・・・・・・・)を考えて、その逆の方策をとらねばならない。一人の探検家に取引を断られたからといって別の探検家のところに行っても、その探検家には「自分の宝石を最初に見てくれない人には売れないね」と言われてしまうだろう。つまり、最初に会う探検家とだけ取引するつもりで行動を考えなければならない。

2. 商人達は全て同じ情報を持っているのだから、人気のある探検家には他の商人も取引しようとするだろう。したがって、他の商人の行動も考えて自分の行動を決めなければならない。

3. 以上のことを考えると、もし一人の探検家のところに自分のほかに二人の商人が取引を持ちかけるならば、自分が取引できる確率は1/3である。

これらのことから、この問題の解答は、次の通りとなります。

○ もしアダムのところに行けば、取引が成立する確率は2割である。
○ もしアダム以外の誰かのところに行けば、取引が成立する確率は8割である。

 このことがわかっているとき(そして、商人たちは賢いですから、このことをすぐに悟るでしょう)、商人たちはそれぞれ重ならないように探検家に取引を持ちかけることになります。商人たちはお互いに競争状態にあるのにも関わらず、結果として、あたかも連携しているかのように行動するようになりました!

 このゲームはどのように考えたらよいのでしょうか? 2002年のアメリカ映画『ビューティフル・マインド』のワンシーンでその解説があります。この映画の主人公は後に高名な数学者となるジョン・ナッシュですが、このときには彼はまだ大学院の学生で、新しい理論のヒントを探していました。それまでの経済学では、自分の利益を中心に考えれば市場の機能によって自動的に全員が最良の結果を得られる、という理論が中心でした。ところが、ナッシュは、自分の利益を優先にしない考え方がゲームを考える上で重要であることを発見します。それを次のようにナッシュが説明しています。

Gentlemen, Adam Smith said the best outcome for the group comes from everyone trying to do what's best for himself. Incorrect. The best outcome results from everyone trying to do what's best for himself and the group. Adam Smith was wrong. 諸君、アダム・スミスは言っていた。『全員にとって最良の結果は、全員が自分の利益を追求すると得られる』と。間違いだ。『最良の結果は、全員が自分とグループ全体の利益を求めると得られる』なのだ。アダム・スミスは間違っていた。

 つまり、たとえビジネスの上でライバルと競争しているとしても、全員にとっての最良の結果は自分だけの利益を追求していては得られない、ライバルと連携することによってお互いにとって最良の結果が得られる、ということがわかります。では、競争しているライバルと連携するにはどうすればよいでしょうか?

 第一に、ゲームにおいては、お互いにとって最良の結果を得るために、コミュニケーションが大切であることがわかります。コミュニケーションがあればこそ、時機を得た合理的な判断ができるようになります。

 第二に、相手と将来にわたってつきあう可能性がある場合に長期的観点に立ったり、共通の敵が現れたりするとき、競争から連携へと移行することができます。

 例えば、前号で説明したケースを考えてみましょう。ジュピター物産との取引だけを考えるのではなく、あなたが経営する「海テクノ」とライバルの山田君が経営する「山ソフト」との将来を考えるとき、あなたの行動は変わるはずです。つまり、単独受注をもくろんでジュピター物産にアプローチするのではなく、山田君に共同企業体結成を提案するでしょう。そのとき、あなたは山田君にこう言って連携を求めるかもしれませんね。

「君に勝ちたい、負けたくないという僕の気持ちは変わらない。君とはこれからもずっと競争していたいのだ。だけど、そのためには二人の会社がそれぞれ繁栄しなくてはならない。どちらかが倒産してしまっては競争することができなくなるからね。両社の繁栄のために、今回は手を組もう。」

 これには、山田君も同意するでしょう。こうして、競争から連携へと移行することができます。

 ところで、ゲーム理論の分野では、ノーベル経済学賞を受賞した学者が何人も出ています。先に挙げたジョン・ナッシュもその一人です。1994年には、非協力ゲームの均衡の分析に関する理論の開拓を称えて、ラインハルト・ゼルテン、ジョン・ナッシュ、ジョン・ハーサニの三人が受賞していますし、2005年には、ゲーム理論の分析を通じて対立と協力の理解を深めた功績を称えて、ロバート・オーマンとトーマス・シェリングが受賞しています。特に、「囚人のジレンマ」のような非協力ゲームの理論と、競争と連携の理論に対してノーベル経済学賞が与えられていることは大変興味深いものがあります。

 前号と今号で、ゲーム理論を通じて競争と連携を考えることで、競争状態であっても連携を創り出すことが可能であることがわかりました。連携を創り出すことは容易ではないかもしれませんし、タダではできないかもしれません。しかし、精神論に頼るのではなく、科学によって連携の可能性が証明できたことで、経営への指針となると思います。ゲーム理論の考え方を活用することで、皆さんの経営が成功することを望みます。