タイトル-経営さぷりメント
会社法施行後の登記実務の現場から 秋田県司法書士会会員(大館支部)伊藤 裕孝
 新会社法が本年5月1日より施行され、様々なメニューが準備されていることが話題になっておりますが、制度の最終到達点である登記実務の現場では正直なところ未だ不安定さが拭いきれておりません。個々の制度のメリットデメリットが出揃っていない中、日々安定に向けて進化し続けていることは間違いありませんが、現段階では敢えて問題点を指摘しておくことといたします。実務が安定しない中で「簡単にできる」「安くできる」という甘言を信じた結果、仮に誤った選択をしてしまったことを後悔しても、新会社法には選択をした人の「自己責任」が問われるという側面があるからです。
 まずは、基本形である株式会社について、新規設立と既存会社の対応の現況をあわせてご紹介しましょう。
規制緩和  〜事前規制はなくなったが…。選択は自己責任において!
●商号
 類似商号規制が撤廃され、同一住所で同一商号でない限り、登記は通ることになりましたが、不正競争防止法などによる商号使用差止や損害賠償の請求があり得るため、実務上は悩ましいところもあります。(登記情報サービスを利用して社名だけでも調べておくことをお勧めします。)
●事業目的
 表現が「違法でないこと」、「不明確でないこと」の要件は従来どおりですが、「具体性」や「営利性」の要件は大幅に緩和されました。ただ、実務上は今のところ旧来どおり具体的な事業目的を掲げる会社がほとんどで、「適法な一切の事業」や「商取引」という目的のみを掲げる会社が今後大幅に増えてくるかは不透明です。
●資本金の額
 最低資本金の制約がなくなりましたので、例えば入札資格の制限がある建設業等の許認可事業のほか特別な事情がある会社を除いて、資本金は少額化傾向にあります。ただし、資本金0円会社が認められるようになったなどという話題性はともかく、取引先の信用面や純資産が300万円以上ないと剰余金の配当ができないことからしても、過小資本金はお勧めできません。設立の際も登録免許税の負担が最低15万円かかることなどから、最低でも資本金の額は100万円以上とする会社がほとんどのようです。
株式譲渡制限規定  〜公開会社か非公開会社かが最大のポイント!
 会社法では、株式の譲渡を全面的に制限するかしないかで、「公開会社」か「公開会社でない会社(非公開会社)」かを区別し、制度面で大きな違いを設けることにしています。株式上場を目指すような特別の事情のない一般会社は株式譲渡制限の規定を設ける「非公開会社」となりましょう。
 一般的な表現は、「株式を譲渡により取得する場合には、○○の承認を受けなければならない」というものですが、株主間の譲渡などには承認があったものとみなすこともできます。なお、承認機関を取締役会にするか、または株主総会とするかなど注意が必要です。

 *昭和41年以降に設立された株式会社の多くは、「当会社の株式を譲渡するには取締役会の承認を受けることを要する」という規定が置かれているはずですが、それ以前から存する会社などでは同規定がない「公開会社」となります。資本金1億円以下の公開会社の場合には、監査役の業務監査権限の有無の関係で、会社法施行日である平成18年5月1日をもって監査役が任期満了退任しておりますので、ご注意ください。(6箇月後の11月1日までに監査役の変更登記手続が必要です。)

株券の不発行  〜「株主名簿」をキチンと作成・管理すること!
 株券は、その交付が必ずしも株式譲渡の要件ではなくなりました。コストの問題、紛失などの危険性、さらに平成21年から株券が一斉に廃止されるということもあって、多くの会社では株券を不発行としています。会社法でも株券の不発行が原則となりました。(ただし、既存会社は、整備法により株券を発行する会社であるとみなされています。)
 そこで、株主の権利関係をしっかり把握するためには、それぞれの会社において「株主名簿」の作成・管理をしっかりしなければならないことに是非ご留意ください。
機関設計  〜自社に合った機関を充分検討する!
 取締役会を設置する会社では、従来どおり取締役を3人以上置かなければなりませんが、取締役会を設置せずに、取締役の過半数の決議で運営するとか、取締役を1名しか置かないとする会社が増えているようです。会計参与については、税理士さんも相当ご検討されているようですが、話題性はともかく、地方での定着はなかなか難しいかもしれません。
*既存会社については、「取締役会設置会社」、「監査役設置会社」であるとみなされ、その旨の登記も登記官の職権でなされておりますので、今のところほとんどの会社は旧商法時のままとしているようです。もっとも、例えば (1) 「監査役を置かないこととしたい」とすると、 (2) 「取締役会を廃止しなければならない」、さらに、 (3) 「株式譲渡制限の承認機関を取締役会から株主総会等へ変更しなけれならなくなる」、という具合に、まるでパズルを解くように必然的に要求される事項が発生するという難しさ、さらに、これらの登記をする場合、登録免許税だけでも7万円もかかるという事情もありましょう。
 また、監査役については、原則的権限としては業務監査権も有することとなりましたが、非公開会社では会計監査権のみに限定させることもできます。
*これらの差異は、取締役会への出席義務や取締役会の決議省略に関する同意の要否などにも影響します。
 なお、取締役は原則として会社を代表することとなりましたので、取締役1人のみの場合でも「代表取締役」となります。
*取締役が原則として会社代表権を有することとの関係で、既存会社が取締役会を新たに設置したり、取締役会を廃止したりする際における、既存の代表取締役の捉え方には、未だ統一した解釈が確立されていないというのが実情です。
役員の任期  〜任期の管理は慎重に! 役員選任時の「株主総会議事録」等の作成・保存はしっかりと!
 原則として、取締役は「選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」、監査役は「選任後4年以内…」とされていますが、非公開会社(委員会設置会社を除く)では「選任後10年以内…」と伸長することができます。任期については、原則どおりとする会社もあれば、取締役・監査役双方「選任後5年以内…」とする会社もあります。ただし、任期の管理が非常に面倒になるケースもありますが、仮に役員変更をすべき時期を失念したとしても、自己責任(過料の制裁あり)となってしまいますので、充分な注意が必要です。
 なお、役員の任期は「就任時」からではなしに「選任時」からとなりましたので、任期の起算点については、登記簿をみて判断するのではなく、役員を選任した際の「株主総会議事録」等から判断せざるを得ませんので、議事録等の作成・保存が重要となります。
旧有限会社・持分会社  〜今後どうすべき?
●有限会社
 旧有限会社は、法律上は株式会社となりましたが、特例有限会社のまま存続させるか、通常の株式会社へ商号変更により移行するかは、会社の選択にゆだねられています(一旦移行してしまうと特例有限会社には二度と戻れない)。今のところ、移行手続のコスト面もさることながら、役員の任期の規制がない特例有限会社のままでしばらくは様子を見るという会社がほとんどです。ただ、定款については、整備法により読み替えられるなど修正箇所が相当ありますので、何らかの機会に全面的な定款変更の手続をとった方が良いでしょう。
●合名合資会社
 個人的には、社員の無限責任形態を含む合名合資会社(とくに登記上の問題として、社員の死亡時には、法定相続人全員の入社後個別の持分譲受方法を取らざるを得ない。)から、有限責任形態である株式会社もしくは合同会社への組織変更をお勧めしたいところです。
●合同会社
未だ長所短所が明確ではありませんが、コスト面・組織管理面などからすると今後是非注目していただきたい会社です。

 以上、我々司法書士としては、安全確実な登記手続の実現をめざし、日々奮闘しておりますので、具体的事案につきましては、お近くの司法書士にお気軽にご相談ください。