タイトル-ビジネスレーダー このコーナーでは、積極的な経営展開を図り市場から評価を得ている企業や、商業者の新たな取り組み、アントレプレナー(起業家)の挑戦などを紹介します。
有限会社 秋田比内食品
有限会社 秋田比内食品  きりたんぽ製造の有限会社秋田比内食品が、保存期間を大幅に改善した加熱殺菌しないきりたんぽを商品化、「焼きたてきりたんぽ」という商品名で首都圏を中心に販売を開始した。
 きりたんぽは焼きあがった直後は微生物の発生が殆ど無く無菌に近い状態であるが、冷却工程、特に温度が30度前後に下がった時に最も菌が発生しやすい状況になると言う。そのため、生の商品は通常3日くらいが賞味期限とされ、脱酸素剤を入れても賞味期限は2週間程度というのが一般的であった。同社も昨年までは、首都圏向けに長期保存が可能な加熱殺菌されたきりたんぽを製造していた。
 しかし、辻社長は「加熱処理したきりたんぽでは、食感、食味など本当の味を知ってもらえない。本場で食べる生のきりたんぽの味を全国の家庭に届けたい」という強い意志で、新商品開発を計画した。当センターが実施している無利子の設備資金「小規模企業者等設備導入資金」を活用するなどでクリーンルームと新たな生産ラインを設置、工場内の衛星管理を徹底し、菌が付きやすいと言われる焼きあがった後の冷却工程や真空パック工程に細心の注意を払い1ヶ月の保存が可能な商品を完成させた。
 計画当初は、取引先からも「何もそこまで」という声があったというが、最終的には社長の熱意が通じ、これまでのルートでの販売が実現したという。
 辻社長が農業の世界に飛び込んだのは昭和53年。以前は薬問屋に勤務するサラリーマンだったが、環境問題を取り上げた ベストセラー小説を読んだのがきっかけで、日本の自然環境や農業の重要性を感じ、環境にも人にも優しい米作りを目指して脱サラし専業農家に転じた。しかし、現実の農業は、米価下落や消費者の米離れなど厳しい状況にあることを実感したという。
 そして平成9年、米へのこだわりをきりたんぽ製造に賭けて現在の会社を設立。田んぼにも消費者ににも優しい商品作りを目指して新たなスタートを切った。
 同社のきりたんぽには、もみ殻、糠、有機微生物発酵堆肥を使用し、科学肥料・農薬・除草剤等の使用を通常栽培の半分以下に抑えた田んぼで出来た秋田県比内町産のあきたこまちを使用。また、使用する米は新米のみで、さらに酸化を防ぐため加工日前日に精米する。きりたんぽ製造では最も後発ではあるが、自然農法栽培と味にこだわることで大手百貨店などの販路を開拓してきた。
 辻社長は、「当社がきりたんぽを中心とした食品加工の主体となり、地元生産者に減農薬栽培の米の生産を委託し、安定した米の生産と加工を確立させることで消費者に安全・安心の米加工食品を提供したい。食の環境・安全にこだわり、地域と本場の味にこだわり、良い商品を提供できれば新たな販路開拓につながっていく」とチャレンジし続けている。
有限会社 秋田比内食品
有限会社 秋田比内食品

山田屋
山田屋  朝鮮半島の伝統的食品であるキムチが、日本の食生活に浸透してずいぶん経ち、食卓にキムチやキムチ鍋が登場することも珍しくない。「これだけ日本の食文化に浸透した食材なのに、本当に美味しくて本格的なキムチが欲しくても、身近な量販店では手に入らないことが多いと感じました。消費者の欲求に応えきれていない市場に、入り込む余地とこれからの可能性を感じました。もっと日本人の味覚に合うキムチを提供できれば、消費者がそれを手軽に近所のスーパーで買うことができたら、きっと消費者に満足してもらえると確信してキムチの製造を始めました」。そう語るのは、平成17年に創業したばかりの山田屋代表、山田堅さんである。かねてより自分で事業を起こしたい、生活に密着した何かを人々に提供したい、と思っていた山田さんは、キムチの市場での可能性や発酵食品としての魅力を知り、美味しくて体にいいキムチを提供して人に喜んでもらいたいと、起業に至った。
 山田屋の看板商品である「鳥海高原白菜キムチ」は、既に県内・外のスーパー各店で販売されており、取扱店の数も順調に増えている。日本人の味覚に合うように研究を重ねてたどり着いた味は、甘みとコクが特徴である。直接的な甘さを避けて、砂糖は使用せずに桃とリンゴで優しくもしっかりとした甘みを出している。塩辛、オキアミなどの魚介類のコク(うまみ)も凝縮されている。また、キムチに使用する野菜は、地元矢島で作られたものを中心に使い、中でも大根や人参は、農業を営む山田さんのお父さんが作っているものだ。
 山田屋では、他に「サキイカキムチ」、「タラコキムチ」、「牡蠣キムチ」を販売中で(現在、タラコキムチ、牡蠣キムチは催事のみでの販売)、11月には新商品「カブキムチ」を発売している。日々様々な食材で試作と研究を重ね、オリジナル商品の開発に取り組んでいる。商品化したものは、どれも山田さんが自信を持って提供する味である。首都圏での催事販売でも、試食した方のほとんどが購入したそうだ。
 「韓国に行ったことは無いんです。日本人のキムチを作りたかったので」と笑う山田さんは、キムチの製造を始める前は、カーレースなどの自動車業界にいた経歴の持ち主である。「故郷を元気にしたい、その気持ちから自然とここに帰ってきました。自分の姿を見た人が、秋田で頑張っているヤツがいる、と少しでも励みにしてくれれば嬉しい」と話す。矢島では久し振りの新規創業を、野菜を提供してくれる農協や金融機関、行政など、地元も温かくサポートしてくれている。
 「レーシングカーとキムチ。扱うものはまったく違いますが、良いものを作りたいという気持ちは同じです。山田屋のキムチを、ナマハゲやキリタンポのように秋田を代表するものの一つにしたい」。全国のスーパーで買える日本一美味しいキムチを目標に、奮闘を続ける山田屋に乞うご期待。
山田屋
山田屋