タイトル-経営さぷりメント



保証債務の履行に伴う譲渡所得の特例について



鈴木明夫税理士事務所 税理士 鈴木明夫

 会社の債務を連帯保証人である経営者が個人の資産を売却して弁済しようとする際に、これにかかる所得税の扱いはどのようになるのでしょうか。ある一定の要件を満たすことで、これが無税になるケースがあります。税理士の鈴木明夫氏より、その詳細をご説明いただきます。お話を聴くようにご覧ください。
◎はじめに
 税理士の鈴木明夫です。専門税目は、相続税や土地の譲渡所得などの資産税です。近年は、資産税関係の税法も複雑になってきましたので、複数の税理士事務所の顧問税理士として、複雑困難な資産税案件の処理もしております。

 さて、景気は回復しているといっても、秋田県は経済不況から脱却できない状態が続いています。とりわけ、負債整理のため個人資産を売った場合の税金についてのご相談が急増しています。そこで今回は、債務者が借金を返済できないような状態に至った場合、連帯保証人が土地を売却して弁済したときの税金について若干のご説明をしたいと思います。

 例えば、貴方が経営している会社があります。会社は、金融機関から手形借入れ・証書借入れをしています。借入金の担保として会社の不動産や資産を差入れています。また、会社の金融機関取引について連帯保証をしている貴方の不動産には抵当権が設定されています。会社経営が順調なときは、会社は借入金を返済しますから何ら問題は生じませんが、会社からの返済が困難になったときは、連帯保証人である貴方が弁済しなければなりません。

 さて、これまで会社は手形借入れの支払期日前には利息を払い、手形の書き換えを繰り返してきました。ところが、今度来た支店長から、「いままでの手形貸付けを一括弁済して下さい。その上で、借入れ申込をしていただきたい。」と告げられました。再審査はするというものの、実際には融資打ち切りの通告でした。貴方は不満でしたが、仕方なく個人の土地を売却して譲渡代金でこれまでの会社の金融機関借入金を返済することにしました。幸いにも支店長の紹介で買主も見つかり、この際、他機関からの借入金も併せて返済する事にしました。後日、相手方と売買契約も済ませ売買代金が決済されました。支店長には大変世話になったので、短期間ではありましたが譲渡代金の中から通知預金を設定し、その後は解約して会社の当座預金に入金後、金融機関借入金を全部返済しました。

 ここで問題です。個人が土地を売った場合には所得税が課せられます。しかし、会社の負債を弁済するために土地を売り、売買代金は全額金融機関借入金の返済に充てたとしたら、税金はどうなるのかということです。

◎資産の売却代金で、借入金を返済した場合は無税か
 個人の資産を売った場合、所得税法第64条第2項という規定があります。「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部または一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができないこととなった金額を前項に規定する回収することができないこととなった金額とみなして、同項の規定を適用する。」この規定の読み方は、前段の@「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」と、後段のA「履行に伴う求償権の行使をすることができないこととなったとき」、に分かれます。そして、規定が適用されるのは@とAの両方に該当した場合です。「じゃあ、会社の借金を返すために自分の土地を売ってしまったのだから、当然適用されるはずだ。」と考えたいのですが、実務では、税務署は簡単にはこの規定の適用を認めないのが実情です。

 その理由として、保証債務の履行を求める催告がないままに行った任意の売買は、@の「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当しないとして門前払いされる事例が多くあります。

 さらに、「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」に該当しても、会社が存続して営業活動を続けている場合」に該当しても、会社が存続して営業活動を続けている場合は、Aの「その履行に伴う求償権(代位弁済したので、会社に肩代わりした分の支払いを求めること)の全部または一部を行使することができないこととなったとき」には該当しないとして適用を認めないというのが実情です。これまでの判例等から該当しない場合の事例を列挙してみます。

(1)債権者から保証債務の履行の請求を受けた事実がない
(2)債権者から土地の競売の申立てを受けた事実がない
(3)譲渡代金の提供を受けた都度、保証債務に係る借入金の返済に直ちに充てなかった
(4)雑収入として受け入れた
(5)長期間にわたり運転資金として運用した
(6)債務引受人が主たる債務者、連帯保証人になった事実がない
(7)和解条項に基づく資産の譲渡
(8)譲渡代金を定期預金として、金融機関からの借入金によって保証債務を履行した
(9)譲渡代金を受領後に、借入金により保証債務を履行した
(10)弁済が清算契約に基づく場合
(11)経営の合理化と金融機関側の協力によってその事業を継続している
(12)借入金の残高が減少している
(13)利益金を計上している
(14)債務免除を受けたのは本件求償権のみである
(15)継続して会社の取締役の地位にある
(16)他の連帯保証人の負担部分について、求償権はある
(17)資産の売却等により欠損金を補填している
(18)債務超過額は年々減少している

◎自分自身の税務訴訟
 私は、顧問先の税理士事務所から相談を受け、弁護士に依頼して平成10年4月8日に盛岡地方裁判所へ提訴した経験があります。内容は、前述した所得税法第64条第2項の適用を税務署が認めず「所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分」を行なったので、その取消を求めるものでした。

 会社の金融機関借入金を返済するため連帯保証人の社長が個人資産を処分し弁済した事例でした。一審で敗訴し、仙台高等裁判所へ控訴しましたが、ここでも敗訴となりましたので最高裁判所に上告しましたが、平成14年12月19日に棄却されました。結果は税務署側の勝訴です。

 判決では次の点を指摘しています。「保証債務の履行については金融機関の催告書が無いので、連帯保証人である社長個人に対して保証債務の履行を促した事実は認められない。次に、社長個人の土地売買代金の中から代位弁済していても、金融機関の代位弁済受領書が無いので保証債務の履行にはならない。また、社長の口座に振込まれた譲渡代金を会社の当座預金に入金し、その後借入金の返済に充てたのだから、債務者である会社自身が返済しているのである。したがって、個人の資金を会社に貸付けし返済したのであるから特例適用の余地はない」と判断されたのです。

 しかし、企業経営者の方々でこれらのことを考えながら連帯保証人として会社の金融機関借入金を返済している方は、どれ位いるでしょうか。また、実際に保証債務の履行手続きを踏んで債権回収している事例は少ないのが実情ではないのでしょうか。この事案は、金融機関の「催告書」と「代位弁済受領書」があれば、所得税法第64条第2項の適用が認められ無税となる余地があったのです。

 その後、私は顧問先である複数の税理士事務所に指導し、保証債務の履行のための土地売買では契約する前に必ず催告書を債権者から受け取り、返済も会社の口座は使わず個人口座から弁済して代位弁済書を受取っています。その結果、かなり高額な保証債務の履行に伴う土地譲渡の申告で税務署から何回か調査を受けましたが、所得税法第64条第2項の適用について税務署から拒否されたことはありません。

◎果たして、救済の道はないのか
 話を急ぎますが、私どもの上告が最高裁判所から棄却された平成14年12月19日、経済産業省中小企業庁は国税庁へ「保証債務の特例における求償権の行使不能に係る税務上の取扱いについて」と題する照会を出しました。内容と国税庁の回答は、国税庁のホームページで読むことができます。これに対し、平成14年12月25日国税庁課税部資産税課長は全国の国税局長に宛てて、「貴見のとおりで差し支えありません。」との通知を出しました。

 その内容を詳しくは述べませんが、経営している赤字企業再建のために連帯保証人が求償権を放棄した場合は、企業を解散しなくとも所得税法第64条第2項の規定は適用する。また、納税が困難な場合は相談に応ずるとの回答です。私どもの訴訟の影響があったのかどうかは知る由もありませんが、会社再建に向けて努力する経営者の方々は、是非ご一読ください。国税庁ホームページ http://www.nta.go.jp で文書を検索できます。

◎おわりに
 しかし、なお特例の適用は困難です。なぜなら、今まで説明してきたように、具体的に金融機関に促されて個人の土地を売却し返済資金を調達したとしても催告書がありませんし、会社名義の口座から返済した場合は会社自身が返済したことになりますから代位弁済受領書を受け取ることもできません。従って、国税庁が中小企業庁へいくら回答しても、今後も金融機関側からの書類が得られないとするならば、税務署はこれを理由に所得税法第64条第2項の適用を認めないことは明らかです。
 中小企業経営者の皆様がこのことを身近な問題と捉え慎重な処理を行うことが、より良い経営に繋がるものと思います。
(2007年6月 vol.311)