タイトル-経営さぷりメント



ABLのお奨め



司法書士 藤原信悦
1 はじめに
 最近、ABLという言葉ないし単語を耳にしたり読んだりした経験をお持ちの方もおられると思う。金融、経済界で少しずつ関心が持たれてきており、経済産業省を中心に政府が本腰を入れて普及に取り組み始めた融資ないし資金調達システムである。それでもまだ一般的に知られている制度というわけではないので、ABLとは一体どういうものなのか、今後どう展開していくのか、その一端を以下に紹介してみたい。

2 ABLとは
 冒頭から横文字で恐縮だが、ABLは、Asset Based Lendingの頭文字をとった略表現で、Assetは資産、Basedは基礎にした、Lendingは貸し出しを意味し、邦訳(直訳)すれば「資産を基礎にした貸し出し(融資)」ということになる。ここで、資産といってもこの制度では流動資産にほぼ限定されるから、動産・債権を担保にした融資がABLであると考えてもらって差し支えない。

3 不動産担保・人的担保から流動資産担保へ
 現在の中小企業融資における担保は、不動産抵当と個人保証が圧倒的である。融資を受けようと思えば、土地建物の不動産所有が絶対条件になるし、加えて経営者個人が保証人にならなければならない。だから、不動産を所有しない中小企業には融資の道が塞がれてしまい、個人保証の場合、企業経営が行き詰まると代表者個人(とその周辺)までもが経済的に破綻してしまうことにもなりかねない。もっといえば、過度の個人保証が昨今の自殺問題になにがしかの責任がありはしないか、といえなくもない。さらに重要なことは、担保権実行となれば競落人は土地を更地として利用することを考えるから、勢い企業は解体を余儀なくされ労働問題すら発生するケースが多くなる。こうした経済社会的問題を抱える現行の過度に、不動産と人的保証に依存した担保運用を再構成しようと考え出されたのがABLの持つ一面といってよいだろう。

4 地方の中小企業向け融資システム
 ABLといえば、地方の中小零細企業では、「これはアメリカや大都会の企業の話だろう」、「ウチみたいな田舎の会社は関係ない」という反応がある。しかし、これは全くの無理解ないし誤解であって、地方や田舎の企業にとって、よりABLは魅力のある話なのである。
 こういう例がある。九州のある地方の昆布や水産物加工販売会社だが、在庫の昆布を保管する倉庫は賃借物件で自社所有ではない。この会社の昆布は市場ではなかなか評判がよく、外国からも引き合いがある。しかし、売上金の回収は長期サイトのものが多いことに加え、売掛金のバランスシートに占める割合が大きい。こうした企業には銀行は融資を渋る。なぜかというと、担保提供用の不動産がないからである。社長の個人保証で融資が可能だとしても、在庫昆布や売掛金債権はせいぜい「添え担保」扱いというのが実際であろう。だからこうした会社への融資の道は閉ざされてしまうのが現状だろう。それを、在庫昆布と売掛金債権を担保にして融資を可能とするのがABLである。この昆布加工会社は、経産省のモデル案件として政府系金融機関と民間銀行の共同融資でABLに取り組んでいる。昆布の例でわかるとおり、ABLというのは不動産がなくても、あるいは個人保証がなくても融資が受けられる制度ないし仕組みなのである。魅力的な融資制度ではないか。
 では、この制度ないしシステムは問題のない理想的なシステムかというと、必ずしもそうではない。つぎに問題点をいくつか紹介する。

5 ABLの問題点
 ABLにはいくつかのハードルが横たわっているので、そのなかの私が考えるABLが機能するためのいくつかの問題点を挙げてみる。
 まず第一に、借り手側の問題である。在庫や売掛債権を担保にするわけだから、絶えず変動する担保を正確かつ定期的に貸し手金融機関に報告する必要がある。いわば、企業の内情をガラス張りにして透明性を高めなければならない。不透明な金の流れはもちろん、経営者の個人的好みによる経営は許されない。内部統制の明確化、内部管理体制の整備が要求される。近時叫ばれる企業コンプライアンス、コーポレート・ガバナビリティの問題である。これまで往々みられたドンブリ勘定式のワンマン経営は許されず、近代的な会計手法と新会社法に沿った経営が求められる。この点、借り手企業の内情が貸し手に筒抜けに近い状態で把握されることになるのだから、経営者のなかには、これを嫌ってABLを敬遠するケースが多い。経産省のアンケートでも約7割の経営者がABLに後ろ向きの回答をしているのはこのことを物語る。今後の課題である。
 第二に、貸し手側の金融機関にしても、これまでの、融資してしまえば終わり、ということにはならない。借り手側の経営状況とりわけ在庫や売掛金の支払い状況等をリアルタイムで把握しなければならないのだから、その事務量たるは想像に難くない。また、そもそも在庫商品の担保価値をどうやって評価するのか、売掛債権の第三債務者の資力は大丈夫なのか、企業が破綻して競売となったとき果たして売却・回収が可能なのか、等々これまでの融資実務とは全く異なる問題に直面する。こうした状況を別の面から眺めれば、借り手企業と貸し手である融資銀行はいわば二人三脚で、金融機関は借り手の企業経営に否応なく関わらざるを得ないということである。この事態に金融機関がどう対応するのか、また対応できるのか、ABLの問題点である。
 第三に、担保提供される動産(在庫品)の評価を誰がどうやって行うのか。近い将来、動産鑑定士(不動産鑑定士ではない)制度を設けて、客観的で公正な動産評価を行おうとする動きもある。また、在庫商品については、管理の問題があるが、現在取り組み案件で報告されている事例で興味深いのは、担保目的物である豚にICタグを取り付けて在庫管理を行っているケースがある。これでもわかるとおり、絶えず変動する在庫管理には最新のIT技術と設備の導入、利用が不可欠である。債権管理についても同様であろう。

6 ABL市場の潜在的可能性
 以上、ABLが普及するために克服しなければならない課題は多いが、今後の方向性としては、これまでの不動産や個人保証を中心とした融資からABLに主流が移行するであろうことはほぼ間違いないと思う。バブル経済が破綻し、不動産融資に傾斜しすぎた反省がそのことを裏書きする。政府統計によれば、中小企業のバランスシートに占める在庫と売掛金債権の合計は100兆円を超え、不動産の85兆円をはるかに上回る(平成16年度)。担保市場は十分に準備されている。見方によっては不動産担保市場より、動産・売掛債権市場のほうが貸し手にとって魅力的なのである。
 しかし、なにより重要なことは関係者(貸し手と借り手)の意識改革であり、取り組み姿勢の変革である。不動産と個人保証が融資のすべてであり、それ以外はあり得ないと我々は頭から信じ込んではいまいか。なんだか面倒臭そうだし、会社の実情をバラされることに抵抗がある、という経営者が多くいるのではないか。担保評価や在庫管理、公示という技術的なことよりも、ABLが普及するか否かは、こうした心理的な面に多く関わっているように思う。抵当制度で最も大事な公示制度に関しては、平成17年施行の動産・債権譲渡登記制度の創設により、一応、整備された。今後は複数担保権競合の場合の優劣順位、共同融資の取り扱い等で問題は残すものの、公示機能の点では問題は解決されていると考えてよいだろう。
 ABLは企業のあり方にある意味では革命的な変革を求めるものである。また、冒頭で述べたとおり、ABLは大都会や大企業、メガバンクの話ではない。むしろ、田舎の中小零細企業、地方金融機関の問題である。経産省のモデル案件のなかに秋田県の養豚業が含まれていることは、そのことを物語る。秋田銀行が現在取り扱っているABL案件は、添え担保としてであり主要担保ではない、という位置づけのようだが、方向としては今後の課題として前向きに取り組んでいるようである。いずれにしても、ABLは借り手と貸し手の相互関係性が求められるから、双方がいわば腹を割って情報交換と情報共有することが必要となる。企業側においても積極的に金融機関に自社経営をアピールすることが求められよう。

7 おわりに
 この制度には、やたらと英語や英単語が出てくる。それで辟易してしまう向きもあろう。だが、ABLはそもそもアメリカで生まれ発展した制度なのだからやむを得ない。この際、英語の勉強も兼ねてABLを研究してみてはどうだろうか。外資のノンバンクから融資を受ける手もある。不動産担保や個人保証と違ってABLは国際性を備えた融資システムでもあるからだ。あまり毛嫌いせずに軽い気持ちでABLを検討されることをお奨めする。

(2007年10月 vol.315)