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![]() 「ボックス・イング」の八代 秀一店長 ![]()
しかし、若者向けの雑誌・ポパイで「全国区でも通用するセレクトショップ」と称賛されたヤシロが、総力を挙げて開店した「ボックス・イング」は、口コミでたちまちの内に評判となり、休日は隣県からも若者が押し寄せるほど、にぎわっている。郊外型大型ショッピングセンターが全盛の経営環境下にあって、逆張りとも言える「単独の路面店」が“繁盛”している背景には、同社のたゆまない「変化対応」の歴史がある。
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しかし、婦人靴小売業界で地歩を固めつつあった同社にも、消費者の購買行動変化の波が、容赦なく襲った。それを端的に言うならば、「業種店」から「業態店」への転換である。同社がターゲットとするファッション・リーダーたちは購買経験を数多く積んでおり、経営環境が、「単に良い靴(モノ)を並べるだけでは反応してくれない」時代に変化したのである。 ちょうどこのような時期に、東京での修行を終えて家業を手伝うことになった秀一氏は、「自分の皮膚感覚を信じて」、経営戦略を徐々に転換した。その第一弾が、昭和63年秋田市中央通りにオープンした、店舗面積8坪の「ベルナルド」。それまでの靴専門店ではなく、顧客のライフスタイル全般にわたって提案できるお店を目指した。 「単に“モノ”を売るだけの商売から、お客様がワクワクする“コト”を売る戦略」へシフトしたのである。
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情報伝達のスピードが急速な現代においては、東京、ヨーロッパ、アメリカなど世界の先進国で、ファッション・トレンドが同時進行する。このことは、「ナイキ」の戦略に良く現れている。いち早くお客様に新鮮な商品をより安価に提供できる、本物の商売でなければ、マーケットからの退場を余儀なくされる。 このため、八代店長は単身ヨーロッパに渡り、独自の仕入ルートを開拓した。最初の頃は、「トレンドを掴まえるのが早すぎて失敗もした」そうだが、経験を積み重ねるに従って顧客の支持が集まり店舗数も拡大。現在では中央通の本店のほか秋田フォーラスに5店舗構えている。 同社は、急激な業績の伸展に合わせて、「人材育成」も怠りなく取り組んでいる。一例が、「仕入の権限委譲」。海外にも若手社員を同行し、仕入を経験させている。「本場の商品や雰囲気に触れることが、社員一人ひとりの接客能力の向上や感性を磨くことにつながります」(八代店長)。また、各人の頑張りをきちんと評価に反映させる人事システムを構築している。これらのことが、経営者と社員の想い、方向性などの一体化につながり、同社の発展を支えている。
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最後に、八代店長へ商品がお客様から支持され続ける秘訣を聞いてみた。「やはり、お客様との会話などを通じて情報を集め、自分の目と耳を総動員して歩き回ることしかないですね」とのこと。商売繁盛の秘訣は、当たり前のことを徹底することにあるようだ。
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