秋田県第二の都市大館市。県北の商業中心地として発展して来たが、昨今、市外への消費者流出など当市の商業は厳しさを増している。その中であくまでも本店を中心に据えながら多角的な経営を実践、高い評価を得ているのが(株)ヒツジヤである。今号では、同社の社長、森川博文さん(昭和21年生まれ)にお話をお聞きした。


「ヒツジヤ」の社長 森川 博文 氏

 当社は、初代森川博さんが大阪の生地問屋で修行したノウハウを活かし、当時能代市に懇意にしていた取引業者があったことから一念発起、居を大阪から大館に移して昭和28年生地専門店を創業した。その後、昭和41年に鹿角市花輪にも出店、こうして両市に生地専門店としての足場を固めつつあったが、当社のターニングポイントは、森川博文さんの入社(昭和47年)である。
 現社長の森川さんは入社以来、「これからは婦人既成服の時代が到来すると確信していた」という。先代の生地に対するこだわりに配慮しながら、仕入から販売までの全てにおいて責任を持つということで、現在の核となる婦人既製服の取り扱いを始めた。当時、地元には複数の競合店がすでに存在し、当社は後発であった。主力を転換することについて、先代との軋轢はなかったのだろうか。「親子って同じ仕事をしていれば毎日けんかでしょう」。商売(あきない)を通した毎日の意見、理念のぶつかり合いは、企業の繁栄という同じ目的の前でも、避けて通れない問題であったろう。
 当社の多角的経営がスタートする。秋田、青森などのショッピングセンターへの婦人服テナント出店が第一弾。これに加えてドラッグストアーへの進出がそれであるが、その理由は明確だ。婦人服市場は全国2兆円規模であるのに対し、ドラッグ市場は全国30兆円規模。その中で大型店の占める額は6兆円とまだまだ魅力がある市場であることが「外に打って出るしかない」と、森川さんを動かしたのである。
 自社を取り巻く経営環境に関する情報収集、将来のビジョンを明確にした取り組みが、現在の当社を築き上げたのだろう。
 多角的・多店舗展開によって順調に業績を伸ばしてきた当社だが、現在、森川さんは専門店としての当社の今後をどう展望されているかお聞きしてみた。「大型店に出店してみて、本店の大切さを痛感した」という。テナントを出し、売上が増加することと反比例して商売の面白味は減少していく。自分の考えで、婦人既成服に主力を移した今も、創業の出発点である「オートクチュールコーナー」をしっかりと残している森川さん。生地一枚の行商から始まった、先代の「商人魂」を受け継ぎ、今後も本店を基本として、地元大館を大事にしていく方針に変わりはないようだ。


生地専門店の面影も残す店内


 「とにかくお客様づくりしかなかった。」と生地専門店であったヒツジヤで、婦人服販売をスタートさせた当時を振り返って語る。婦人服に対する顧客ニーズは「大衆化」、「多様化」、そして「個性化」へと変遷し、婦人服市場の拡大に伴ない、参入業態も百貨店、大手スーパー、通信販売にまで広がりをみせている。この競争に敗れ、姿を消した専門店が多い中で、当社が業績を伸ばし続けている理由は「大事にしすぎると反省するほど」お客様第一主義に徹していることだ。
 本店の店内では、服に加えて、靴、バック、小物、化粧品が各コーナーごとに見やすく、触りやすく、買いやすく陳列されている。30代から50代の女性にターゲットを絞ったトータルコーディネートファッションも提唱されている。その商品群と寄り添うように「ヒツジヤのお約束」が掲げられている。内容は次のとおりである。

 ●キズやしみがあるとき
 ●どうしてもお気に召さないとき
 ●同一商品で値段が高いと思われたとき
  ご遠慮なくお持ちください。
  お気に召すまでお取り替え、返金いたします。

 日本の衣料品専門店で、返品OKを明文化して提示するのは珍しく、当社の取り扱い商品に対する自信と、お客様を大事にする姿勢が窺える。


 専門店と同業他業態の差別化をはかるためには、店舗まで足を運んでもらえる、何かが無くてはならない。それは商品力であり、サービスである。森川さんは「当社を販売業とは思っていません。基本はサービス業だと考えています。こだわってきたのは、値段だけで店を移り変わるお客様までをターゲットにはせず、あくまでヒツジヤを贔屓(ひいき)にしてくださるお客様をターゲットに絞ったことでした」と語る。それを裏付けるように、当社本店の固定客は、全顧客数の約95%という。顧客管理も万全だ。「お客様は個々に、ヒツジヤは私だけのお店という強い意識をお持ちで、新しいお客様を紹介してくださることも少ない」そうだ。新規顧客の取り込み、固定客化はどのようにされているのであろうか。

 固定客を大事にすればするほど、他の顧客は差別感、疎外感を持つことが多い。それを、「いかにして固定客となっていただくか」。その時着目したのが「苦情はがき」の採用である。「苦言を呈していただけるのは、お店に対する期待が大きい証拠。苦情を寄せていただいた方こそ本当のファンである」と考え、顧客にDMを出す際は、必ず苦情用のはがきを入れるようにしているという。この反響は予想以上で、当社の取引顧客数は、年々増加しているにも係わらず、固定客の割合は変わっていないという。「苦情は大切な情報源であり、お客様が悪いと指摘したことをすぐに改める、当たり前のことを実践する。これが商売繁盛の秘けつ」という。

 現在、森川さんは、ヒツジヤの社長であるとともに、3年前に設立された大館中央商店街振興組合の理事長として商店街活性化に取り組まれている。公私ともに多忙であるが、自分にできることを精一杯やるしかないと、日々奮闘されている。

CORPORATION DATA

 ■社  名 株式会社 ヒツジヤ
 ■所 地  大館市長倉町1
 ■創  業 昭和28年(1953年)
 ■代表者名 森川 博文
 ■電  話 0186(49)3678
 ■事業内容

  婦人・紳士服、婦人用品、化粧品販売。他にドラッグ部門を持つ。本店のほかに大館市、鹿角市、秋田市、青森市、弘前市に支店がある。

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