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![]() 「この店かしや」の社長 嘉藤 政夫 氏
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創業当時のことを振り返り、社長の嘉藤政夫さんは「当時は、日本経済が高度成長を遂げている時期で、小売店は活況を呈していた。いくら売りたくても仕入先がなくて苦労したものです」と語る。誠心誠意、仕事に励むうち、おのずと仕入れ先、販売先は増加し、徐々に菓子問屋としての地位を不動のものにしていた矢先、転機が訪れた。昭和60年代初頭からのコンビニ等の台頭である。 コンビニは、当社の得意先、それもいい先ばかりに狙いを定め、加盟店にしていった。当然、コンビニに加盟したこれまでの得意先は、商品の仕入れ先を変更した。「今度は、仕入れる先はあるのに、卸す店がなくなったのです」。当社は、この時期「廃業」するかどうかの瀬戸際まで追いつめられていた。 思い悩んだ末、嘉藤さんは「商品を売ろうとする先を、事業先に限定するからだめなんだ。無限の可能性を持った、個人に商品を売ればいいではないか」との結論を導き出し、小売業への参入を決意した。 決意した理由は、これだけではない。嘉藤さんには、お菓子に携わった時からの夢があったのだ。それは「♪右のポッケにゃ夢がある。左のポッケにゃチューインガム」と歌い演じる、美空ひばりのようなかわいい子供たちが、5円、10円を握り締めて、安心して訪れることの出来る店を、いつか作ること…。
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「プロ100人の多くの意見より、消費者1人の小さな声」を優先。「どうすれば儲かるか」という企業サイドの論理ではなく「どうすればお客様に喜んでもらえるのか」。「隣の母さん、向かいの父さんから、どうすれば来てもらえるのか」を追求した、あくまでもお客様本位の店づくり。当社の小売店出店にむけたコンセプトはこの時決まり、平成元年、秋田市仁井田に「この店かしや」第1号店をオープンさせた。
![]() 「この店かしや」店内
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オープンに向け、自分なりの店舗、陳列のイメージを店舗デザイナーの先生に伝え、綿密な打ち合わせを繰り返し、並行して商業デザイナーの先生と店名を検討していた。 店舗デザインが具現化した時には、数十ものネーミング候補が挙がっていたが、今ひとつ心に響いてこない。また、店の外観が先進的で、一見「美容院」のようにも思えた。そこで、どうお客様に分かりやすく覚えていただこうかと考え「この店は菓子屋なんだよ」と訴えようと決心、この店名となった。 当店のラジオCM「♪おいしいお菓子の大行進…」も嘉藤さんの発案。このテーマソングを聞けば、ほとんどの方が、お菓子が一杯ある「この店かしや」を連想するのではないだろうか。そのもの「ズバリ」と訴える手法は、私たちにも浸透しており、嘉藤さんの選択は正解だったといえる。
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しかし、ただそれだけで拡大基調は維持できない。そこには、お客様のニーズを確実にとらえる努力が求められる。 「商売のことは、昼夜考え抜き、夜も寝られないほど悩み、結論を出すようにしている」。嘉藤さんが導き出した結論、それは「商売のヒントは、お客様が持っている」ということ。 例えば、開店当初、店内の棚に商品をそのまま陳列していたが、奥さんお手製の竹カゴに乗せてみた所、その商品が早く売り切れた。また、コカ・コーラからもらったごく少数の、小さなプラスチック製の買い物カゴを置いたら、子供たちが奪い合いを始めた。後日、大量に設置してみると、客単価があがった等々…。 このように、お客様が欲していることを見逃さず、即座に対応する姿勢を大事にしているからこそ、各店が順調に業績を伸ばしているのであろう。 「景気が悪い、と皆さんが一様におっしゃるが、本当でしょうか」、「本当に魅力のある店には、ガソリン代がかかっても、一時間かかっても行って買う。そういう時代なのではと思います」と、嘉藤さんは今後もお客様の立場に立った、魅力ある店づくりを進め、更なる飛躍を狙っている。
![]() CORPORATION DATA
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