小売業態は、コンビニ、ディスカウントストア等へと様々な広がりを見せ、既存の小売店は厳しい戦いを余儀なくされている。その余波は、卸売業にも広がった。この逆境にも負けず、卸売業から小売業への進出をはかり、「この店かしや」を開店した嘉藤商事(株)。今号では、同社の社長、嘉藤政夫さん(昭和11年生まれ)に話を聞いた。


「この店かしや」の社長 嘉藤 政夫 氏

 当社は、昭和34年に秋田市JR牛島駅前に、嘉藤商店として創業、同37年に当社を設立。創業以来、お菓子の卸売問屋として、着実に業績を伸ばしてきていた。
 創業当時のことを振り返り、社長の嘉藤政夫さんは「当時は、日本経済が高度成長を遂げている時期で、小売店は活況を呈していた。いくら売りたくても仕入先がなくて苦労したものです」と語る。誠心誠意、仕事に励むうち、おのずと仕入れ先、販売先は増加し、徐々に菓子問屋としての地位を不動のものにしていた矢先、転機が訪れた。昭和60年代初頭からのコンビニ等の台頭である。
 コンビニは、当社の得意先、それもいい先ばかりに狙いを定め、加盟店にしていった。当然、コンビニに加盟したこれまでの得意先は、商品の仕入れ先を変更した。「今度は、仕入れる先はあるのに、卸す店がなくなったのです」。当社は、この時期「廃業」するかどうかの瀬戸際まで追いつめられていた。
 思い悩んだ末、嘉藤さんは「商品を売ろうとする先を、事業先に限定するからだめなんだ。無限の可能性を持った、個人に商品を売ればいいではないか」との結論を導き出し、小売業への参入を決意した。
 決意した理由は、これだけではない。嘉藤さんには、お菓子に携わった時からの夢があったのだ。それは「♪右のポッケにゃ夢がある。左のポッケにゃチューインガム」と歌い演じる、美空ひばりのようなかわいい子供たちが、5円、10円を握り締めて、安心して訪れることの出来る店を、いつか作ること…。

 嘉藤さんは、この考えを同業者、取引のメーカーに相談したが、帰ってくる言葉は100人が100人「今まで卸をやってきた人間が、小売をしても失敗するだけだからやめておけ」と言うものだけであった。さすがに思いとどまろうかと考えていたとき、ある一人の消費者から「嘉藤さんの考えているような、お菓子が豊富で、しかも安いお店があったら、私は買いに行く」と言われ、自分の考えは間違いなくお客様に受け入れられると判断したのだという。
 「プロ100人の多くの意見より、消費者1人の小さな声」を優先。「どうすれば儲かるか」という企業サイドの論理ではなく「どうすればお客様に喜んでもらえるのか」。「隣の母さん、向かいの父さんから、どうすれば来てもらえるのか」を追求した、あくまでもお客様本位の店づくり。当社の小売店出店にむけたコンセプトはこの時決まり、平成元年、秋田市仁井田に「この店かしや」第1号店をオープンさせた。


「この店かしや」店内


 それにしても、店名の「この店かしや」は、どのようにして決められたのだろうか。
 オープンに向け、自分なりの店舗、陳列のイメージを店舗デザイナーの先生に伝え、綿密な打ち合わせを繰り返し、並行して商業デザイナーの先生と店名を検討していた。
 店舗デザインが具現化した時には、数十ものネーミング候補が挙がっていたが、今ひとつ心に響いてこない。また、店の外観が先進的で、一見「美容院」のようにも思えた。そこで、どうお客様に分かりやすく覚えていただこうかと考え「この店は菓子屋なんだよ」と訴えようと決心、この店名となった。
 当店のラジオCM「♪おいしいお菓子の大行進…」も嘉藤さんの発案。このテーマソングを聞けば、ほとんどの方が、お菓子が一杯ある「この店かしや」を連想するのではないだろうか。そのもの「ズバリ」と訴える手法は、私たちにも浸透しており、嘉藤さんの選択は正解だったといえる。


 第1号店が予想以上の好実績を収め、秋田市内の土崎、新屋、広面、卸町、泉へと多店舗展開をはかってきた。より良い商品をより安く提供するためには、ローコストでの仕入れが求められる。それを可能にするひとつの方法が、大量一括仕入れであるが、商品を売りきる能力も必要とされる。そのためにも、こうした展開は必然の結果ともいえる。
 しかし、ただそれだけで拡大基調は維持できない。そこには、お客様のニーズを確実にとらえる努力が求められる。
 「商売のことは、昼夜考え抜き、夜も寝られないほど悩み、結論を出すようにしている」。嘉藤さんが導き出した結論、それは「商売のヒントは、お客様が持っている」ということ。
 例えば、開店当初、店内の棚に商品をそのまま陳列していたが、奥さんお手製の竹カゴに乗せてみた所、その商品が早く売り切れた。また、コカ・コーラからもらったごく少数の、小さなプラスチック製の買い物カゴを置いたら、子供たちが奪い合いを始めた。後日、大量に設置してみると、客単価があがった等々…。
 このように、お客様が欲していることを見逃さず、即座に対応する姿勢を大事にしているからこそ、各店が順調に業績を伸ばしているのであろう。
 「景気が悪い、と皆さんが一様におっしゃるが、本当でしょうか」、「本当に魅力のある店には、ガソリン代がかかっても、一時間かかっても行って買う。そういう時代なのではと思います」と、嘉藤さんは今後もお客様の立場に立った、魅力ある店づくりを進め、更なる飛躍を狙っている。

CORPORATION DATA
 ■社  名 嘉藤商事株式会社
 ■所在地  秋田市仁井田栄町17-34
 ■創  業 昭和34年(1959年)
 ■代表者名 嘉藤 政夫
 ■電  話 018-839-2411
 ■事業内容

創業時からの菓子卸売に加え「この店かしや」を、秋田市内に5店舗経営。現在、売上の約8割を小売が占め、卸売は約2割。社訓は「礼儀・常識・清潔」。社是は「繁栄」。

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