日本の基幹産業である製造業を支える鋳造・金型といったモノづくり基盤技術を振興するため「ものづくり基盤技術振興法案」が、今通常国会に提出される予定である。これは、産業空洞化の進展で、中小企業が担ってきた基盤技術の衰退が懸念されるとともに、その伝承が困難になりつつあることに対応するための施策を総合的・計画的に進めることを目指している。
 一方、秋田県においても出荷額が1兆7千3百億円(9年実績)を超える製造業は県内最大の基幹産業である。これまでの資源依存型からプラスアルファ型へ転換を図り、付加価値を倍増させるために、県は平成11年度から、おおむね10年間の本県製造業の振興指針となる「秋田ものづくりビジョン」の最終案のまとめに入った。これには、目標達成に向けた企業戦略や支援プログラムなど、積極的な活動指針が提唱されている。
 今号では、このビジョンの概要を紹介する。

「秋田ものづくりビジョン」は、平成10年4月以来、産学官の代表者で構成される「秋田県工業技術振興会議」(会長:高橋庄四郎・秋田経済研究所専務理事、委員24人)により審議が重ねられ、本県製造業が21世紀に向けて進むべき指針として策定される。

1.製造業のアウトライン
 本県の産業構造は、年々第1次産業がウェイトを低下させ、第3次、第2次産業のウェイトが高くなっている。中でも製造業は県内総生産額の18%を占め、全産業の中では最も高い数値となっている。
 製造業の産業構造は、木材・木製品等の基礎素材型から電気機械を中心とする加工組立型にシフトしている。加工組立産業の中でも特に電気機械産業は、近年の電子情報産業の伸長を背景に生産額を伸ばしており、平成9年度には全出荷額の38.9%を占めるなど、県内のリーディング産業に位置している。
 また、電気機械産業の伸長と相俟って、誘致企業の県内製造業におけるウェイトも年々増加しており、平成9年度は全出荷額の47.8%を占めるまでになっている。

2.低い付加価値生産性
 一方において、本県工業の事業者数は3,438件、従業者数は100,141人と全国の約1%を占めているが、製造品出荷額は1兆7,350億円と全国の約0.5%にとどまっている。これを従業者1人当りの付加価値生産性で見ると、全国平均の約57%の水準であり、本県製造業の今後を考えると大きな懸念要因となっている。
 付加価値生産性の低さを示す1つの事例として、本県の特許出願数が挙げられる。本県の出願件数は、ここ数年100数十件のレベルで推移しており、全国的にも低位に位置している。世界的にも特許を製するものは、21世紀の産業を製するといわれている。情報の電子化やインターネットの普及が特許現場をがらりと変え、日米欧のネットワークはすでにつながっており、検索と審査の一元化から世界共通特許への準備が着々と進んでいるのが現状である。

3.弱い基盤業種の集積
 また、本県の課題として電気・機械産業を下支えする基盤業種の集積度が不足している。平成7年度の調査によれば「ダイカスト鋳造」及び「鍛造」は、そのほとんどが県外に発注されているほか、「プラスチック成形」、「鋳物」、「ゴム成形」、「金型」が70%を超えるなど、多くの基盤技術が県外に発注されている。

4.息吹き始めた新産業への取り組み
 こうした中にあって、近年、県内企業からも徐々にではあるが、新規事業への取り組みが芽生え始めている。
 新規事業への取り組みのバロメーターの1つである、中小企業創造法の事業計画認定を受けている企業も年々増えており、平成10年12月末現在で47件の事業計画が認定されており、認定件数としては東北6県では岩手県に次いで第2位の実績を挙げている。

1.ものづくりの重要性
 「ものづくり」は、その時代時代の人々のニーズに応え、新たな付加価値を創造する活動として、あらゆる経済活動の原点となってきた。21世紀の県経済にとって「ものづくり」は引き続き成長力の重要な源泉となり、県民の生活に豊かさを提供するものとしての役割りを担わなくてはならない。

2.変革にむけたこれまでの反省点

資源そのものの価値に依存した地域経済は、創意工夫といった新たな価値を生み出すというものづくりを遅らせることとなった。
気候条件が厳しいにも拘わらず、横並び意識が強く、チャレンジ精神に乏しい県民性を形成した。
進取の気性に乏しく、積極的姿勢にも欠け、企業同士の連携やネットワークの構築が苦手。
何もしなくても客は来るという殿様商売が長く続き、客にサービスを提供するという商売の基本的姿勢に欠けていた。

3.変革の目標=付加価値倍増
 ~資源依存型産業からプラスアルファ型産業構造へ~
 こうした県内製造業の現状と課題を踏まえ、提言された変革の目標が「付加価値倍増」である。
 21世紀に向け本県製造業が大きく飛躍するためには、製品の付加価値額を少なくとも現在の2倍(全国平均レベル)まで引き上げる必要がある。そのために、資源依存型産業からプラスアルファ型産業構造への転換を強力に推進することが重要である。

4.変革のキーワード
 その変革のキーワードとして次の4つを掲げている。

(1)チャレンジするものづくり
 受身の姿勢から積極的に自らの経営資源を活用し、新たな付加価値を創造するものづくりにチャレンジする姿勢が強く求められている。
(2)発信するものづくり
 秋田から世界に向け、新たな技術、新製品を常に発信できるようなものづくりが望まれている。
(3)連携するものづくり
 技術の幅を広め、新しい発想を付加するためには、企業同士が連携し、互いに得意技術を融通しながら新たなものづくりに挑戦する姿勢が重要である。また、大学や公設試験研究機関とのネットワークの形成も重要である。
(4)ヒューマン
 本県のように急速な高齢化の進行は、産業の基盤となる労働力を減少させることになるが、一方においては元気なお年寄が増えているともいえる。企業をリタイアした元気なお年寄りの知識と経験をものづくりに活用することも、産業の活力を維持していく上で大変に意義深いことである。
 また、高齢化社会の到来は産業の振興にとって新たな可能性を開くものとして期待されており、特に高齢化社会に対応した医療・福祉機器産業の振興が注目されている。
 さらに、環境への負荷が少ない循環を基調とする経済システムの実現も求められおり、鉱山により培われた製錬技術を活用したレアメタルの回収など、リサイクル産業のメッカとなる可能性を秘めている。

付加価値倍増のための6つの企業戦略

(1)新規事業、新規分野への進出
◇新規事業の創出、新規分野、新製品、新技術への積極的なチャレンジ
◇技術開発、情報収集、人材育成への積極的な対応
(2)マーケティング・秋田ブランドの創出
◇マーケティング・企画力の向上による経営基盤・営業力の強化
◇地域の特性を活かした新商品・秋田ブランドの創出
◇ものづくりを支えるデザイン産業との連携
(3)産学官の連携を通じた技術力の向上
◇ 大学、公設試験研究機関の成果を活用した技術力の向上
◇1社1技術の確立による競争力のある企業への脱皮
◇特許の積極的取得とその活用
(4)スタンダードの取得
◇国際標準規格(ISO,HACCPなど)の取得促進による国際的競争力の確保
(5)情報競争力の強化
◇情報収集力の強化
◇情報化人材の育成と情報化の促進
(6)国際化の推進
◇海外、とくに対岸諸国との商取引の促進
◇秋田港の有効活用
◇外資系企業との技術交流促進

………………

1.地域新産業創造プラットフォームの構築
 産業支援の中核的機関を中心とする統合・ネットワークの構築を図り、地域に蓄積されてた経営資源が新規事業に有効に活用される統合的な支援体制を整備する必要がある。
 本県においては、これまで中核的機関の位置づけが曖昧なため、産学官連携をはじめとして、それぞれの機関が個別に対応する体制が一般的であり、機能の重複も見られた。
 早急に、中核的機関がコーディネーター役として関係機関を統合・ネットワーク化し、それぞれの段階に応じて総合的に支援する体制を構築する必要がある。

2.個別支援プログラム

ニュービジネス支援プログラム
 新規事業の創出、企業による新規分野への進出や第二の創業を促進するため、ニュービジネスの生れやすい環境の整備を図る。
産学官連携支援プログラム
 技術シーズの宝庫である大学、公設試験研究機関と県内企業との連携を積極的に推進するとともに、特許の取得や流通を促進するための支援策を積極的に推進する。
スタンダード取得支援プログラム
 本県工業製品等の国際競争力を高めるため、県内企業によるISO,HACCP等の国際標準規格取得を支援する。
産業情報化支援プログラム
 県内企業の情報化を促進するため、基盤となる情報インフラの整備を進めるほか、企業の情報人材の育成を図り、企業間情報ネットワークの構築による企業間交流を促進する。
国際化支援プログラム
 国際コンテナ航路の開設されている秋田港のインフラ整備を図り、海外との産業交流を促進する
人材活用支援プログラム
 高齢者の能力を活用するためのネットワークを構築する。
投資誘発緊急プログラム
 雇用機会の拡大促進に繋がる民間投資マインドを誘発する。

 「ものづくりビジョン」では、公募型やコンペ方式の事業を多く取りいれて、チャレンジ精神溢れる意欲的な企業に対し、積極的に支援することをうたっている。
 中でも、当面取組むべき重点的テーマとして、(1)集積度の低い基盤業種企業のネットワーク化、(2)電子・情報関連企業の固有技術の強化、(3)地域資源・特性を活用した秋田ブランドの確立、(4)高齢社会に対応した医療・福祉用具産業の振興、(5)環境問題に対応したリサイクル産業等の振興、(6)伝統技術と先端技術の融合によるバイオ産業の振興―を挙げており、県内企業の意気込みが問われている。
 また、ビジョンに対する業界側の意見として、「せっかく新技術や新製品を開発しても、販路開拓が困難である。特に公共部門では実績がないと採用してもらえない。その方面での活路開拓をお願いしたい」(電子)、「ISOを取得したくても指導してくれる機関がない。県の機関でやってもらえないだろうか」(機械)、「県の中にコンピュータの技術的支援をするセクションをつくってほしい」(情報)、「ビジョンにおわらず、実現させてほしい」(繊維)といった意見が聞かれた。
 深刻な不況にあえぐ中小企業が多い中で、今回のビジョンが21世紀に向けて本県の活力を維持し、活性化させていく「ものづくり」を実現することができるのか、産学官連携の新たな仕組みづくりと、積極的な取組みに注目したい。

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