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法的危機管理の重要性
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司法書士 菊地 喜久雄 氏 |
阪神大震災以来この方、『危機管理』という言葉をよく耳にします。 もとよりこれは、政治の場に於けるイレギュラーな状況に即応でき得る体制作りの重要性を云々するのものですが、企業経営とりわけ相手方との取引に関する法的側面に於いても、同様のことが言えるのではないでしょうか。 昨今のような経済の低成長期にはなおさら、しかもダメ押しするような消費税引き上げも控えている状況からしても、取引相手方の買掛債務不履行が直接的にダメージとなってしまうような取引手法が妥当でないのは言うまでもなく、このようなリスクを極力回避・ヘッジしてゆく法的手法の模索が特に必要な時期に突入しているのではなかろうか、と考える所以です。
本論の端緒は、ある建築業者の倒産に係る下請負業者からの相談でした。元請負人たる当該建築業者は建物建築工事請負代金全額を受領しているにもかかわらず建物は未完成、しかもあろうことか行方不明、果して下請負人の納入済建築資材は勝手に外して回収できるや否、未払いの下請負報酬債権に基づき当該未完成建物に差押ができるや否、という問題です。
事情により異なるでしょうが本件の場合、たとえ下請負報酬が未払いでもそれは注文者に対抗できず、このような未完成建物の所有権は最終的には注文者に帰属する旨の判例も存することから、原則的には下請負人は保護されないと考えられます。
取引相手方の債務不履行に対処する一般論としての予防法的危機管理としては、以下が参考となるでしょう。
(1)根担保の徴求
このような予防法手段は、何も企業経営に限ったことではなく、相続の場合その必要性を如実に実感させられます。
兄弟姉妹の仲が、親の相続問題を機にメチャクチャになってゆく事例は多数存在し且つ不動産の高騰とも相俟って増加の一途を辿ることが予想されます。不動産に限らず、会社の支配権たる株主権を表象する株式の帰属等をも含め、遺言で事前に指定しておく周到さが望まれるところです。 後継者を自認し親の経営する企業に従事してきた長男が、株式を相続できなくて困り果てる、といったことが充分予想されるからです。 これも広く、危機管理の一部と捉える事ができましょう。
元来、如上の如き予防的行為は営業行為と異なり、企業収益の向上という局面に於いては消極なプラクティスであり且つ営業行為に差し支える可能性が存することからも、推進しにくい分野であったろうことは想像に難くないのですが、消費税引き上げという、経済取引に負の思惑がますます芽生える可能性の出現する今正に、法的危機管理の重要性を再認識し、企業経営の健全性向上に繋げられんことを念願するものです。
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