タイトル-経営さぷりメント
企業コンプライアンスについて 秋田弁護士会 近江直人法律事務所 弁護士 近江 直人
 石油ストーブ、ガス給湯器による一酸化炭素中毒事故、シュレッダーによる指の切断の事故、賞味期限切れの原料を使用した食品の製造、リコール隠し、各種談合など、企業のコンプライアンスのあり方が問われる事件が相次いでいます。うちに限ってそんなことはない、という経営者の方々も、今一度企業コンプライアンスのあり方を考えてみてはいかがでしょうか。
1  なぜ不祥事が起こるのか
 不祥事が最近話題となっている企業も、それまでは優良企業と思われていましたし、創業当初は消費者にとって利益になる商品・役務の提供を目標に掲げ、純粋な新鮮な気持ちで、消費者の声を聞き、企業活動を行っていたのだと思われます。それが、時間の経過とともに、業務のパターン化による画一的処理、慣れによる惰性的処理等により、当初とは技術水準が変わってきているにもかかわらずそれに対応できていない、消費者・社会の声に鈍感になり、社会全体の意識が変わってきたのに会社内の常識が変わらず対応できない、大切な部分を見逃して短期的利益を優先し、ますます社会との乖離が著しくなる、という悪循環に陥って、このような状況に至ってしまうのではないかと考えられます。「これまでずっとそうしてきた」「他社でもやっていること」といって顧みず、その行動が今現在社会から見て適切な行動なのかどうかがチェックできなくなっているのでしょう。
2  企業の置かれている状況
 規制緩和がなされる以前、日本の企業活動は行政による事前規制中心で、事前の規制に従って活動していれば基本的には問題はないとされていました。これが、個々の企業の活力をより生かす方向へと規制緩和が叫ばれ、行政による事前規制から司法による事後規制へと事業活動に対するチェック体制も変わり、企業活動は自由度が増すとともに、企業活動に対する企業自身の責任が重くなりました。何を優先するのかについても企業の自主性が尊重されるとともに、その選択についての責任もその企業が負うことになります。このような状況の中では、消費者利益を軽んじて企業利益を優先させることも企業の選択としては可能ですから、目先の利益を考えて行動する企業が現れてもおかしくありません。それが度を超すと、消費者がわからないことをいいことに賞味期限切れの原料を、廃棄せずに、使用するという選択をしてしまうことにもなります。短期的な利益に目を奪われ、本来大切にすべきであったことを見失ってしまうのでしょう。これは極端な例だとしても、企業の自由度が増している分、どのような方針をとるかについて多様な企業が現れることは十分考えられます。
3  コンプライアンスの重要性
 法律違反行為を行う企業は論外として、各企業がどのような利益を重視するのかについては様々な考えの企業があってしかるべきで、その中でどのような姿勢の企業が生き残るのかについては、市場の選択、消費者の選択に委ねられることかもしれません。
 このような自由度の高い法制度の下で、違法な活動にならないように個々の企業のよりどころとなる方法の一つが、コンプライアンスを重視するということです。言い換えれば、法令遵守・手続遵守のチェック体制が企業内で確立していること、自らの企業活動が違法な行動ではないか、消費者、社会全体から見て非常識な行動ではないか、ということをチェックできているかどうか、といってもよいかと思います。
 最低限の法規制を守っているかどうかのチェック、企業の意思決定の過程のチェックは当然として、消費者をはじめとする他者からの情報のフィードバックの体制、これをふまえて経営判断が適正に行われるような風通しのよいシステム(情報公開、相互チェック)を作ること、そして、なによりも経営トップがコンプライアンスを重視する姿勢を示し従業員に浸透させること、が必要ではないかと思います。
 商品・役務の適法性、企業意思決定手続の適法性は、コンプライアンスを重視することにより確保される可能性が高くなります。また、商品・役務の価値自体を高め、ひいては企業の信用性を高めることにもつながります。これまでの不祥事を見ていても、コンプライアンスを軽視する企業は長期的には淘汰されていくのではないかと思われます。
4  消費者重視の考え方
 コンプライアンス重視の姿勢をとるとして、これからの企業に特に考えてもらいたいのは、消費者重視の考え方です。
 平成13年4月から施行されている消費者契約法は、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」があることを明らかにしています。事業者はその事業についてのプロであり、知識、情報収集・分析・判断能力も、交渉力も長けていますが、その一方で、消費者は事業者との契約に当たり当該商品等については素人(アマ)であり、知識、情報、交渉力のいずれについても事業者とは格段の差があります。このような格差のある当事者が契約を結ぶ場合、プロがアマに対し一方的に有利な取り決めをさせることが可能です。規制緩和以前は、行政による事前規制により消費者を守る方策が不十分ながらもとられていましたが、規制緩和により各種規制が撤廃され、司法による事後規制に委ねられたことから、この格差に着目し、事業者による不当な働きかけによる契約締結や、不当な契約条項の使用を制限する民事ルールを定めたのが消費者契約法です。また、これ以外にも、製造物責任法、特定商取引法等、消費者保護に向けての法整備が進んできています。規制緩和の下では、公正な市場確保のためには消費者保護のための民事ルールの整備が不可欠ですが、このことは企業コンプライアンスを考える上で一つの示唆を与えます。
 商品・役務を選択するのは、消費者です。短期的な利益に目を奪われ、消費者利益を軽んじた場合、消費者保護法制に違反するとしてペナルティを与えられる可能性がありますし、そのような企業が、あるきっかけから消費者の信用を失って一気に消滅してしまうということは最近の事例からも明らかです。真に消費者のために利益となる商品・役務を提供するために、コンプライアンスを重視して活動する企業が生き残ることになる、ということではないかと思っています。