経営さぷりメント


 1.「秋田はいいところ」

 最近、親しい英国人が何人か秋田に来てくれました。1週間ほど滞在し、秋田の歴史、自然を堪能し、温泉の体験を楽しんでいる様子を見て、秋田の素晴らしさが国際的な水準にあることが検証されたように思われ、とてもうれしい思いをすることができました。
 東京から秋田市に生活の中心を移してから、私は、秋田の生活に次第に魅せられております。秋田は、限界集落や所得格差、雇用機会の縮小、人口減少などの問題から、経済的にも後進的な県であることを強調される傾向がありますが、仕事の口さえあれば、秋田での生活は実質的には大都会の人たちよりもはるかに人間的です。経験から、いわばquality of lifeと言いますか、秋田が欧米並みの小都市が持つ文化的な生活環境を提供していけるという確信のようなものがあります。豊かな自然と、おいしい秋田の山菜、米、魚、地方ごとの多彩な伝統的お祭り、のんびりとした県民性などすべてが新鮮で、むしろ生活の質の面で先進性のようなものを発見しつつあります。これは東京の人たちには夢のような世界なのです。秋田の教育水準は全国的に高いところにあります。あとは、若い人を含む購買力のある人口をいかに持続的に増やすかが、秋田の経済発展戦略の基本的課題だと考えます。
 世界的な金融危機の大きな波が日本経済にも直撃しています。1930年代の大量失業を目のあたりにしたケインズ卿は、“In thelong ?run, every body is dead”と論じ、短期的には大胆な財政政策の発動が重要であると説きました。今回の不況は、財政政策、金融政策の果敢な発動がなされたとしても、日本の産業界、金融界の再編成、調整にはしばらく時間がかかるという腹をくくった覚悟が求められます。このような時にこそ、大都会の製造業等での雇用機会を失った人々が、農業や産業を支援できる有能な人材として、秋田に回帰して来ることができるよう大胆な助成策が打ち出されてよいのではないかと考えます。そのためには、「秋田はよいところ」という強力なメッセージを大声で発信し、新たな良い循環の契機を創ることが必要です。

 2.「秋田のブランド」を創る新たなまなざしについて

 観光学に、観光とは実体ではないという点に着目した「観光のまなざし理論」と呼ばれるものがあるそうです。人間は「ある空間」に「あるまなざし」を向け、そこで、その人は観光者になるのだそうです。その空間があるまなざしとともに、観光地に化すという考え方は、前述の英国から来た知人の喜びかたを観察すると理解できます。空間と人間が、ある文化的な相互作用によって結ばれたり消滅したりする現象として観光を理解する考え方には大変興味深いものがあります。
 秋田の自然、観光資源、歴史的文化資源などが秋田経済の発展にどのように貢献すべきかを考えるときに、観光の文化的表象現象がどのように形成され、またどのように変容するかといった複雑なメカニズムにまで思いを致すことが重要であると思います。
 イタリアのヴェネチアの中核地区では「町並を整備しない」「大型ホテルを建てない」といった抑止が観光を増進させることがある、という逆説をある社会学者が指摘しています。おそらく、角館の武家屋敷などはこのような思想を受けているのでしょうが、単に人集めの手法、観光施設だけに関心を払うのではなく、「観光空間に人が集まるのは、対象とするものの文化的あるいは自然の素晴らしさ」が醸し出す「まなざし」の結果である、とする視点を、「秋田の新しいブランドイメージ」を創る上で考えると面白いと思います。

 3. 国家戦略としての秋田の観光を考える

 秋田県を含め日本社会は少子化、高齢化、人口減少の社会に突入しました。海外との観光協力を促進するという新たな外需活用策が国家経済戦略として重要になってきています。
 Visit Japanキャンペーン※ が国家戦略として打ち出されているときに、秋田の文化、観光資源を海外に広めるための累積投資額はまだ極めて少ないのではないでしょうか。昨年、観光庁が発足し、日本経団連内にも観光委員会が設置されたようです。2020年には2000万人の訪日外国人旅行者を目標に掲げています。秋田もこの機運を盛り上げる実力を持っているはずです。
 秋田県のいたるところで、さまざまなレベルで観光政策を検討されていると思います。今後、国家戦略としての観光、文化振興政策に、秋田がどのような大きな柱を持った政策で具体的に取り組んでいくかということに関心があります。この際、ある識者の次の指摘は念頭に置くべきでしょう。 (1)量への信仰から質の向上 (2)リアルな感動に回帰し偽物を排除する気概 (3)後世に引き継ぐ資源の育成 (4)地域の担い手の育成、国土と人とのかかわりへの思い (5)行政指導から民・官連携した持続的な地域経営

 4.観光、文化戦略会議の開催

 地域の文化が生かされ、住んでいる人にとって地域が良くなっていくような、地域住民が主役の観光が持続的な地域活性化に求められるでしょう。地域を元気にしていくにはどうしたらよいかを考える芸術家、音楽家、若者、外国人の積極的な活用も検討すべきでしょう。また、男鹿太鼓の安藤兄弟のような活動の支援も重要です。個性的で、魅力的な地域で、いいコミュニティがある場所がいい地域です。
 秋田がもっと文化的な価値を創出して発信していくため、秋田の官産学が一緒になった観光文化戦略会議を随時開催し、ざっくばらんに観光政策の課題、政策展開させるための戦略などを検討する試みを提案します。行政指導ではなく、観光の取組課題の全体像を描き、県民の様々なアクターあるいは主体がそれぞれに実行していく役割分担を、ある緩やかな社会的合意のもとに行動していくための道具立てになればよいと考えます。
 日本が文化立国になっていくには、富の創出者である企業の役割も重要です。現代芸術は国内外の若い人を引き付ける魅力があります。先述した英国からの訪問者は、秋田の自然の景観に触れて「トトロ」を連想していました。文化に関心のある人をターゲットにすることで、地域を文化的にも高いレベルに保つことができます。スコットランドのエディンバラフェスティバルなど国際的芸術祭を開催するヨーロッパの観光地の例が参考になります。

 5.観光、文化戦略会議の開催

 秋田のまだ知られていない各地の観光情報や旅行ルート、民宿などを英語で積極的に発信し、秋田の伝統的な文化を体験できるプログラムの紹介などのマーケティングの努力が一層求められるでしょう。生活や文化を楽しむ成熟社会として「秋田ブランド」を発信することは、日本や秋田の魅力をさらに磨き上げ、より多くの外国人を継続的に日本に引き付けるような好循環を生むのではないのでしょうか。要するに世界から評価される地域づくりの意識が大切なのです。
 我田引水ですが、世界各国から若い留学生を集めている国際教養大学は秋田の新たな文化を創出する核になる可能性を秘めています。県民の皆さん、毎年秋に開催される学園祭をぜひ見てください。秋田の若者を元気づける国際的学園が形成されつつあることを目で確かめてください。
 オバマ大統領ではありませんが、「秋田は変われる、Yes, We Can」です。秋田で学ぶ欧米、アジア各国の学生が同世代の日本人と共同生活するコミュニティは必ず秋田の新しい文化の形成に一役も二役も買うことになると思います。国際教養大学は、秋田の国際的プレゼンスの向上にきわめて大きな役割を果たしつつあり、海外との連携を重視するマルチあるいは二国間の関係の促進の基地になりえます。各国の大使が定期的に講義に駆けつけるなど、文化的国際的発信の準備は整いつつあります。また、県外から来る学生、海外から来る学生が、秋田の文化、伝統、芸術、県民性に触れながら、国際的な視野をもつように教育されています。私は、国際教養大学は現代の秋田の砦、「秋田城」の役割を果たし始めたのではないかと感じています。県外から秋田に来る学生たちが秋田の各種の情報を家族、友人に伝えています。海外からの留学生は、秋田の存在をはるか遠くの国々の人々に伝えています。オーストリアやノルウェーの学生が、「慶応大学に行くか秋田の大学に行くか」の選択で迷ったという話をしてくれました。すでに国際教養大学は海外への情報発信の基地になっているのです。近隣諸国、海外の訪問者との人間的な関係改善が、秋田経済の発展につながるという県民意識を高めることが大切だと思います。
 観光と直接関係のない企業にも協力を求めねばなりません。本格的に国際的な観光を担う人材を養成する取組を大学で考えることも必要です。今後の秋田の文化、観光産業の発展には秋田の魅力を熟知し、かつ海外に発信できる人材が必要です。こうした若者たちを活用した、新たなビジネスモデルの確立も秋田では可能になりつつあると思われます。
 観光というテーマはつくづく、裾野が広いと思います。人間はなぜ観光するのか社会学的分野のアプローチ、地域経済、地域社会、地域発展などの地理学的分野、法律関係からの観光政策論などもありえます。要するに、この議論は、タコつぼ化をさせないことが重要です。


※ビジット・ジャパン・キャンペーン:
2010年に訪日外国人旅行者数を1,000万人とするとの目標に向け、平成15年に策定された「観光立国行動計画」に基づき、
日本の観光魅力を海外に発信するとともに日本への魅力的な旅行商品の造成等を行う官民一体で推進するキャンペーン。


(2009年3月 vol.332)

 
TOPに戻る
 
財団法人秋田企業活性化センター